1999年1月アーカイブ

Boys
連載42 ($Revision: 1.2 $)

◆ ◇ ◇

「タタさん、もう出られますか?」有川くんが時計を見ながら云います。
 タタさんは慌てて目の前のものを片付け始めます。サーバマシンのディスプレイのスイッチを切って、Windows マシンをシャットダウンすると、Pilot をバッグにしまいます。それから、使ったカップを洗いに給湯室へと入ります。
「もう誠司さんは駅に来ていますよ」戻って来ると、せかす様にまた、有川くんが云いました。彼の隣には、一時帰国している安堂くんがいます。
「大丈夫ですよ、そんなに急がなくたって」安堂くんはそう云うのですが、タタさんはあたふたとハンガーからコートを取ります。それを着て彼らの前に来ると申し訳なさそうに、
「すみません」
「いいですよ、さあ、行きますか」
「いえ、あの、実は又八郎さんを病院に預けてあるので、迎えに行かないといけないんです」
「病院て、どこか悪いのですか?」
「定期的なことなので、心配はないのですけど・・彼を連れてはお店に入れないかもしれないですよね」初めてそれに思い至ったみたいです。
「彼、大人しいから大丈夫じゃないですか、どこでも、というわけには行かないだろうけど」と安堂くん。
 周りに挨拶をしてから、オフィスを出ました。
「どこに行くんですか?」
「とくに決めてないんですけど、どこかありませんか?」忙がせたわりには、計画が立っていないみたいです。
 歩きながら、タタさんはちょっと考え込みます。

 その日は平日でしたので、お客さんも多くはなく、夕食の時間もまたいつもと同じです。沸騰のおさまったポットを手にすると、ネルにゆっくりと注ぎ始めます。中心から、泡が膨らんでいきます。
 ポットを置くと、すぐにコーヒーサーバーからカップたちに移します。そうして、満足そうに口髭を撫でました。それが『満足にコーヒーを淹れられたときの彼の癖』なのですが、本人は気付いていない様です。常連さんたちは、いつもそれを盗み見ているのです。
「マスター上がりましたよ」奥から声がかかりました。
「はーい」と答えたときに、入り口の鈴が鳴りました。
 と同時に、鈍い音と「いたたた」という悲鳴も。どうやら、ドアを入るときに頭をぶつけたみたいです。
「大丈夫?」カウンターから声をかけます。
「どうもお久しぶりです」額に手を当てたタタさんが云います。彼に続いて、3人が入ってきました。
「それは彼?」マスターはタタさんの持っているバスケットを指差して訊きます。
「ええ」
「出してあげてもいいよ」
「ありがとうございます」床に向けて、蓋を開きます。又八郎さんは外に出ると、マスターに一声かけて、お店の奥の方へと歩き出します。

 注文を済ませると、有川くんが云いました。
「ここって、よく来ていたのですか?」
「ええ、ここのマスターの家に、又八郎さんのお母さんがいます」
「へえ、それで彼に寛容なのか」誠司さんが云って、床でミルクを飲んでいる又八郎さんを見ます。
 ビールが並べられたので、それぞれ手にすると乾杯しました。
「安堂はどうして帰ってきたんだっけ」
「親戚の結婚式に出席したんですよ」
「それで、いつ戻るの?」
「明日の飛行機」
「それは大変ですねぇ」
「お前のときにまた、来なきゃならないからな」有川くんを見ながら云いますが、
「べつに来てくんなくてもいいよ」スネた様に云って、ビールを胃に流します。
「用意は進んでいるの?」誠司さんが訊きます。
「招待状を用意しているみたい」
「みたい・・って、大丈夫なのか?お前」思わず、3人で彼を見ます。
 食事が運ばれてきました。慌てて、それぞれの PalmIII、Pilot 、GoType! *1 や、すたぼ *2 をしまいます。テーブルいっぱいにお皿が並びます。思わず、みなさん顔がほころびました。
「そうだ、タタさん聞いてるかなぁ」戻りかけたマスターがまた、来ます。
「なにをですか?」
「千夏くんが、タタさんの会社に決まったって云ってたよ」
「え・・そうなんですか?」それだけ伝えると行ってしまいました。
「誰ですか」フォークを振りながら、有川くんが訊きます。
「ええ、姉さんの旦那さんの弟さんなのですけど。新入社員紹介の Web 見ました?」最近は毎年、この時期になると、新入社員のプロフィールが、写真つきで紹介されるページがあるのですが。
「見たけど、女の子しかじっくり見てない」と素直に有川くん。
「え、そんなのあるの?」と安堂くん。
 誠司さんは「おれは見てないよぉ、見れないし」
「新卒だったら、22歳くらいかな」
「いえ、一留してたから・・マキさんと同じですね」

「そう云えば、有川はこの前の休みの後に寝込んだんだって?」誠司さんが煙草に火を点けながら云います。
「ええ、そうなんですよ。大変でした」
「日頃の行ないだな」にべも無く、安堂くんが云い放ちます。
「うう、悪かったな」
「もう治ったのですよね」とタタさんが訊くと、
「そうだ、お見舞いありがとうございました」今頃になって云っています。ははは、いえいえ、少し呆れ気味にタタさん答えます。
「でも、なんで分かったんですか?」
「なにがです?」知らない、というフリをして答えます。
「・・・・」
 安堂くんと誠司さん、又八郎さんも何のことかと、有川くんとタタさんを見ます。
「解説しましょうか」珍しくいじわるそうにタタさんが云います。
 有川くんはふるふると首を振りました。

 又八郎さんは、タタさんの膝の上でまどろみ始めます。
「初詣には行ったの」という誠司さんの問いに、この正月のことに話題が移りました。
「餅はあちらでも売ってましたから、たくさん食べましたよ」安堂くんはけっきょく一人で過ごしたみたいです。
「初詣も行ったし、初売りにも、新年会も幾つか」誠司さんは高原さんとあちこちに出掛けていたとのこと。
「久しぶりに初詣に行って、あと寝てたなぁ。タタさんは?」有川くんが云います。
「私は、帰省していましたから、それらしい正月を過せましたよ」
「へえ、雪は降ってました?」「はい、すこしだけ」
「初詣は2回行きました」食後のコーヒーを口にしながらタタさんが続けて云います。
 すると、誠司さんが訊きました。「東京に帰ってきてから、また行ったってこと?」
「・・ええ」
「誰と?」
「・・・・」
 安堂くん、その空間を突く様に云います。
「タタさん、時計、変えたのですね」
 そこから、有川くんの攻勢が始まってしまいました。先程のことのカタキとばかりに・・
 冷や汗をかいているタタさんの膝で、又八郎さんは夢の中へと落ちています。

◇ ◇ ◆


*1: 新しいドライバがリリースされている、Palm/Pilot のキーボード・ドッキングステーション。LandWare 販売。
*2: スタイラスにボールペンが内蔵されています(もちろん、リセットピンもあります)。機能もですが、そのフォルムが素晴しいです。シンプルコム作成

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