Break Down (Pilotな日常 連載39)

Break Down
連載39(Ver1.0)

◆ ◇ ◇

「有川さん、お休みだそうです」マキさんが受話機を置きながら云いました。
「あら、風邪?こじらせちゃったのかな」高原さんが答えます。
「そうみたいです。なにかあったら、携帯に電話してください、って」
「携帯?電話の場所までたどりつけない程、ひどいの?」
 前回の休暇が終ったころから、有川くんは体調を崩したらしいです。それから数日が過ぎましたが、調子は一向に良くはならず、結局、休むはめになってしまいました。
「休日中に病気になるなんて、いかんなぁ・・」鶴川さんが呟きます。

 そのころ、有川くんはベッドの上で布団をかぶったままで手を伸ばし、自分のバッグを引き寄せると中から PalmIII の一式を取り出しました。
 とりあえず、モデムと PHS をセットし会社のネットワークへ接続すると、POPJ *1 でメールを落とします。それが終るとすぐに接続を切りました。時間を置いてしまっていたので、100通近いメールが溜まっていた様です。Subject で判断して、急を要するであろうものを読み、それ以外はあと回しにすることにします。
 仰向けになったまま、それを見ていましたが、幾つかのものに返事を書くために、ごろり、と今度は俯せになり、最近、手に入れたばかりの GoType! *2 へと PalmIII を差し込みます。そうして、キーをタイプし始めました。打っている間にもセキがこみあげてきますから、Palm に唾がかかります。それをいちいち拭きながら、なかなか回らない頭を酷使して文章を作っていきます。
 布団を肩までかぶった状態で、液晶を見つめている彼は、ヤドカリか、かたつむりみたいです。しかも、ずいぶんくたびれた様子の・・
 メールを送信したのを確認して、また、仰向けになりました。
「はら減ったなぁ」呟きます。食欲が出てきたのなら、良くなりつつあるのでしょう。しかし、起き上ってなにか用意しようという気にはなれないらしく、そのまま目を閉じてしまいます。

 タタさん宛てに有川くんからメールが届いていました。内容は、現在進行中の作業の進捗と、数日は休むかもしれない、という謝りの意志が書かれてあります。
 最後に「P.S. 食欲は出てきたけど、摂取できる手段がない・・ (T_T)」。大丈夫でしょうか?寮の部屋で寝ている彼を想像してみますが、あまり良いイメージは湧きませんでした。
 無理をしないように、というメールを返送します。
 プロジェクトの彼が担当している部分をチェックします。それ程急ぎのことはないですから、問題はないでしょう。あまりしたくない想像ですが、多少、彼の休みが延びたとしても。
「タタさん、お食事に行きませんか」という三奈月さんの声に、彼は立ち上がりました。
 エレベータを降りた所で、美由さんと出会いました。
「有川さん、お休みですけど、聞いていますか?」マキさんが彼女に訊きます。
「うん、あの・・今朝、電話で話したから」どうやら、彼の体調が悪いことは知っているみたいです。そう云うと、手を振ってエレベータへと乗り込んで、行ってしまいました。
「電話でねぇ・・」食堂へ向かう途中、タタさんが独り言の様に云います。マキさんと三奈月さんはそれを不思議な印象で聞きました。
 テーブルに座って、箸を取ります。
「ちゃんと食べているのかなぁ、有川さん」
「昨日からあんまり食欲が湧かないって云ってましたよ」マキさんが電話の会話のことを云います。
「有川さんだからなぁ、心配ですね」三奈月さんが、同意を求める様に他の2人に云います。思わず頷く、マキさんです。
「大丈夫ですよ」タタさんは云います。
「彼だってもう、いいオトナなんですから」
「そうでしょうか?」
 彼にしては少し、薄情な言葉です。

 夕方になって、すっかり暗くなってしまうすこし前、タタさんは席を立つとオフィスを後にしました。こんな時間に出掛けるのは珍しいことです。

 美由さん、定時になるのを確認して、すぐに作業を終らせて帰る仕度を始めました。最後にもう一度だけメールをチェックすると、マシンをシャットダウンします。そして、周りの人に挨拶をすると、廊下へと出ました。
 腕時計で再度時間を見ます。すいぶん、急いでいるみたいです。
 会社を出たところで、
「おつかれさまです」タタさんに会いました。美由さんはちょっとびっくりします。
「はい、これ」と紙袋を差出されました。
「なんですか?」「お見舞いです」
 何のですか?とは訊きませんでした。
「食欲が戻ってきたって云ってました、彼の好きなものですよ」
「・・ありがとうございます」美由さんはにっこりと笑います。そうして、ぺこりと頭を下げると、駅へと向います。
 それをタタさんはすこしだけ見送ると、また、社の中へと戻って行きました。

 近くで早めに買物を済ませると、彼女の部屋のドアの前に立ちます。バッグからやっとキーを取り出すと、鍵穴に差し込みました。
「ただいま、具合はどうなの?」中に向って、叫ぶ様に云います。
 意外と元気な彼の声が返ってきました。

◇ ◇ ◆


*1: 定番となった、メールクライアント。最近また、新しいバージョンがリリースされました。村上 正幸さん作成。
*2: ドッキングステーションで、Palm/Pilot に対してキーボード入力を可能にします。LandWare 販売。

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