三奈月さんの心配ごと - クラッカー 3 -
連載40(Ver1.0)
◆ ◇ ◇
すでに、数週間前のことです。
彼の元に数通のメールが来ました。
送り主は全て、同じアドレスからみたいです。題名も同じで、ナンバリングしてあります。内容は見当がつきます。しつこく、何度もメールしてきたのだろうと、そのまま、ゴミ箱に入れようとしたときに気付きました。彼の持っているアカウントのそれぞれに対して送信されていることに・・
つまり、その相手は彼の登録している、プロパイダの全てを知ってしまっている様なのです。しかも、そのメールアドレスまでもです。彼の顔から血の気が引いていきます。
いっぱしの「ハッカー」のつもりで、あちらこちらの企業サーバに侵入を試みている彼です。すでに幾つかのマシンに対してアタックを成功させています。その結果、警告のメールを貰ったこともありますが、それだけで終っています。それはこちらからの(ちゃかした)メールの reply で戻ってきただけでしたし。
消去しようとしていたそれらのメールを、慌てて開いてみました。すると、ついこの前に侵入を果たしたサイトの管理者かららしいことがわかりました。しかも内容は、マシンに入って彼が行なったオペレーションの全てが記録されていたのです。。
そして、その膨大なデータは、彼宛てのメールアドレスそれぞれに分割されて送られていたのでした。最後のメールの終りにだけ、少しだけ警告が書かれています。実際のデータを見せられた後だけに、その短い文章がより恐ろしいものとして写ります。
彼はその場で、サイトの IPアドレスと、ID、パスワードを消してしまいました。
数日を経ずして、郵送で同様のハガキが送られるに至って、これらの行為からは足を洗おうと決めた彼でした。
「おつかれさまです、ちょっとよろしいですか?」
「ええと、鶴川さんのところの?」
「田中です、あちらで話しましょう」
「なんですか」
「Web のサービスマシンのことです。分かっているかと思いますけど」
「・・・」
「あれはミスなのですか?それとも、意図的に放っておいたのですか?」
「・・ミスと思ってくださってけっこうですよ」
「そうでしょうか、私の考えは違うのですけど」
「ミスです」
「しかし、それならば、周りが騒ぎだした時点で、どうしてその(跡)を消してしまわなかったのでしょうか。もし、あなたがそれをした人であれば、証拠を残すようなことは避けられたはずです」
「買いかぶりですね、あれば単純な間違いですよ。云い出せないわけは分かるでしょう?」
「分かります」
「ささやかな反抗と考えてもらってもいいですよ。好きに判断してください」
「そうですか」
「でも、情報を流したのも私だとしたら、どうしますか」
「・・それは無いはずです」
「云い切れますか?」
「私からのお願いはひとつだけです」
「なんですか」
「この件については黙っていてもらいたいのです」
発生から一週間が経とうとしています。タタさんはこの数日、オフィスにはあまりいません。
三奈月さんは彼のいないデスクを見ます。事件のことで走り回っているらしいのは確かなのですが。彼女たちにはその後の動向は聞かされていません。
彼のために残してあるコーヒーは容器の中で冷めきってしまっているでしょう。
有川くんと高原さんは、出かけているみたいです。彼らの机も静かです。マキさんがキーボードに向って軽快にタイプしている音だけ聞こえてきます。鶴川さんは、なにかの書類と睨めっこをしています。
三奈月さん、時計を見ます。タタさんとは今朝一度、顔を合わせただけです。今は午後の5時になろうというところです。
そのとき、彼が戻ってきました。そして、鶴川さんと少し話していましたが、すぐに席に戻ってきて「今日は帰ります」と、彼女とマキさんに宣言すると、コートを手にオフィスを出て行ってしまいました。
すこしの間、逡巡していた三奈月さんですが、「私も帰ります」と云い残すと、まだ明るい外へと駆け出しました。会社を出ますが、タタさんは見当りません。辺りを見回して、歩き始めます。
しばらくキョロキョロとしていました。そして、川辺の小道を歩いて行く彼の後ろ姿を見つけます。走って追います。一見、のんびり歩いているタタさんですが、なかなか近付くことができないのです。
「タタさーん」ついに声を上げました。驚いて振り向いた様です。彼の足が止まりました。
「どうしたのですか?」彼女が追いついたところで、そう訊かれます。三奈月さんは肩でしばらく呼吸をしてから、一緒に歩き始めます。
「心配して、来てくれたのですか?」
「・・私なんかが心配しても、しょうがないのは分かっているんですけど」
銀杏の並木から、半分以上舞ってしまっているその落葉を踏みしめながら、並んで進んでいきます。
「そんなことないです、ありがとうございます」そう云って笑う彼ですが、どことなく疲れて見えるのです。つい、三奈月さん胸が締めつけられるような感覚にとらわれてしまいます。
「終りました、全部」
「そう・・ですか?」元気のない彼に、三奈月さんは明るい表情をすると、その手に指を絡めました。ぎこちなく彼が握り返してきます。
駅までには少しだけ遠回りの、この小道を歩いていきます。
◇ ◇ ◆


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