クラッカー 2
連載36(Ver1.0)
◆ ◇ ◇
信号の手前でタクシーを降りると、少しだけ歩くことになります。見慣れた通りと、お店。人の流れも変わっていないような錯覚を受けます。つい懐しくなってしまい、自然と歩きもゆっくりとしてしまいます。本当のことを云えば、のんびりしている場合ではないのですが。
以前、よく入ったコンビニで、煙草などを買います。思いの外重くなってしまったビニル袋を下げて、会社に向うことにします。
すぐに、大きな建物が目の前に来ました。
「古巣・・か」
誠司さん、そう呟くと玄関をくぐります。
三奈月さんがまず云われたことは、現在あるだけのログ関係のファイルや、CGIアプリケーションなど、サービスに関わるファイルのバックアップです。
「ただし、そのコピーはなるべく短い時間で行なってください。ファイルを圧縮する必要はないです。とにかく、用意が整い次第 HD を繋いで、終ったら、外してください」
「どうしてですか?その(侵入者)に消されたりするからですか?」
「僕の考えでは、その侵入者の彼は大した技術力ではないのです。だから、云ってしまえば、彼のことはどうでもいいです。コンテンツがある程度打撃を受けたとしても復旧は簡単ですから」
タタさんは云います。それよりも・・
「証拠湮滅の方ですね」
「ウチの人間が入ってなにかする、ということですか?」
「そうですね。多分、誰かがミスをしているはずなんです。ですから、そちらの追及の方が重要です。厭なことなのですけど」
現在はマシンルームに二人です。外は少しずつ、暗くなってきました。
「これから、ハードディスクを繋ぎます。でも、マシン、落としてもいいんですよね」念を押してから作業に入ります。結局、量的にはそれほど多くはないので、時間はかからないはずです。
転送を開始します。三奈月さんはとりあえず、そこで一息つくことにして、ディスプレイに流れる文字を眺めます。少し離れたところで、同じくディスプレイに見入っているタタさんを見ます。
窓の外は既に暗くなっていました。時計は9時を回っています。
「なにか分かりましたか?」
三奈月さんの問いかけに、タタさんディスプレイから目を逸らしました。ついで、眼鏡を外すと指を目にあてます。随分と集中してた様です。
「おそらく、誰かがメンテナンス用にポートを開けておいたんですね。そこを突かれたのだと思います」
「telnet のポートを、ですか」
「ええ、マジックナンバーにしていたのでしょうけど、別口からそれを探られたみたいです」
なんとなく理解できます。
「三奈月さん」「はい」
「今日は結構ですので、帰る用意をしてください。それは、やっておきますから」そう云われます。その時、
「よう、どう?情勢は」誠司さんです。
「すみませんね、お呼びたてして」
それに彼は手をひらひらさせてから、答えます。
「有川たちはほとんど準備はできているって云ってた。あと30分くらいで仕掛けはでき上がる」
サービスマシンへ転送用の接続のセットをします。
夜の11時になる前に、会議室に皆さんが集り、その日はそれまでになりました。
結局、三奈月さんのおこなっていたコピーも終ってしまいました。それを高原さんたちがセットアップしたダミーマシンへ入れます。そこで、有川くんたちが改造したコマンド群をインストールして、仕掛けは整いました。
そのマシンをサービス機の変りに差し替えることになります。
「おつかれさまでした。とりあえず、今日のところは終ってください」
「監視しなくていいんですか」安堂くんが訊きます。
「それは私と誠司さんでやりますから」
「幸い」おれは、昼まで寝てたからね、と誠司さんは云います。
その場は散会となりました。
「ふたりとも、交代で寝るのよ」と高原さんは云い残していきました。
「あの、タタさん又八郎さんのことは・・」皆さんがいなくなったところで、三奈月さんが云います。
「ええ、大丈夫ですよ。今は家に姉が居候していますから、彼に食事くらいはあげてくれます」
「お姉さん・・ですか?」
「はい、こちらに出張らしいので、今週いっぱいは居座るみたいなんです」
おさきに失礼します。と云い残して、三奈月さん部屋を出ます。、ドアを閉めたところで、安堵の溜め息が出ました。
タタさんが、二人分の食事を買って戻って来た時になぜかまだ、有川くん、安堂くんがマシンルームに居ました。「Palmware&グッズ・コンテスト *1」の話をしていますが。
「もう、終電が無くなりますよ」と云うと、
「ああ、いいんです。おれらも泊まりますから」
タタさんは驚いて、それは困ると云ったのですけど、彼らにとってはちょっとしたイベントの様で、すでにどこから調達してきたのか寝袋が足元に在りました。
「まあ、4人もいれば、なにかあってもすぐに気付くしね」
監視用のディスプレイの前で、誠司さんも云います。人手があることは、有難いのですが、申し分けない気持になってしまいます。ふたりには聞こえないように誠司さんにそう云うと、
「こいつら、どの道、帰りゃあしないって」
渋々ですが、承諾するしかないみたいです。
その時に、ディスプレイの前に居たのはタタさんでした。椅子でうとうとしていた誠司さんを起します。床で寝袋に足を入れていた安堂くんも、立ち上ってディスプレイを覗き込みます。時計を見ると、3時を回っていました。
主要のコマンドたちに仕掛けた、追跡用のログの出力が流れ始めます。
「いらっしゃったようですね」
「ああ」
暗い部屋の中で、ディスプレイの光が3人の顔に反射しています。流れる文字は留まる気配はありません。
ただひとり、有川くんだけは床ですやすやと寝ています。こちらも起きる気配はありません。
◇ ◇ ◆
註
*1: palmfan で開催中です。「Palmware&グッズ・コンテスト」。名前の通り、たくさんのものが出展されています。すべて、チェックしましょう。

