トライアングル
連載34(Ver1.1)
◆ ◇ ◇
2本目の煙草を踵で踏み潰します。そして、すぐに新しいものを取り出しました。
彼女が会社から出て来ました。近づきます。
「ちょっと、付き合わない?」
「どうして?」
「理由が必要なのか?」
「・・・」
「もちろん、ワケはあるよ」
そう云って歩き出します。彼女は少し躊躇している様でしたが、すぐに彼を追いかけます。安堂くんは、まるで彼女が付いて来るのがあたり前という感じで、どんどん、歩いて行ってしまいます。それに、遅れないように小走りにくっついて行きます。
結局、お店に着くまで、一言も会話はありませんでした。
美由さんは彼の後姿を追いかけながら、デジャブに襲われていました。いまさら、一体、自分に何の用があるのかが分かりません。安堂くんはほとんど脇目も振らずに進んでいきます。相変らず・・
ふたりで、久しぶりに向い合って席に着くと、
「何にする?」そう行って、彼がメニューを拡げて差し出します。
「ビールでいい」
素気なく美由さん答えます。
とりあえずビールをふたつ、と頼みます。すぐに、生ビールがテーブルに来ました。安堂くんは、カンパイをしようと、ジョッキを差し出します。それに美由さんは応えずに、ぐいっとビールを口にします。
彼は肩をすくめるようにしてから、それを同じく、ぐいっと煽ります。
「アメリカに行くんだって?」美由さんが云います。
「ああ、来週の終りくらいにな」
ふうん、それだけを云います。
彼は灰皿を引き寄せると、すぐに煙草を灯します。それを見て彼女は眉をひそめました。
「なんなの?用件は?」
なるべく、不機嫌に見えるように云いました。
「有川がさ」
彼が話し始めます。
「落ち込んでんだよ。確かに外面を見てるだけなら、分かんないかもしれないけど。なんだかね・・ もう少しうまくやれないのか?」
美由さん、思わず絶句してしまいます。確かに、つい数日前に彼と、諍いがありました。彼女としてはそれ程、大きなこととは思っていなかったのですけど。安堂くんが見るところ、彼に取ってはそうでもなかったらしいです。
でも、だからといって、
「そんなこと、あんたには関係ないでしょ」
あなたにだけは云われたくない・・
「なんで、そんなこと云うの・・」
「どうしてかな? 分かんないよ、おれにも」
二人が出会った頃に、ほんの少しだけですが、そういう関係にあったことを思い出します。それは数ヶ月間のことでしたが、今でも美由さんの中には (思い出) として、小さくはない領域を占めているのです。
「そんなに、おせっかい焼きとは知らなかった」
「おれもだ。自分でうまく行かなかった部分を、あいつに求めているのかもしれない」
「贅沢な思い込み、だと思うけど」
「ああ、まったく」
そのお店は出ました。どこへ向っているのかは、分からないまま美由さんは彼の横を歩いています。
ふと、有川くんにとても申し訳ない気持になってしまいました。彼とはこの数日は会っても、話してもいません。でも、急に彼の声が聞きたくなりました。
「私、もう帰るね」そう言葉に出ます。
「いいから、もう一ヶ所、付き合え」、相も変らずに、強引です。時間がまだ早かったことを自分への言い訳にして、美由さんはそのお店に足を入れました。
ピアノの旋律が体に纏わりつくように、流れています。
彼は入り口をちょっと入ったところで足を止めました。その背中に衝突しそうになりながら、彼女も足を止めます。
「なんか、哀しい曲だと思わないか?」
「なに?」
すると、安堂くんは云います。おれの役目はここまで、だと。そうして、指を差します。その先には、ピアノがあって。そして、そこには・・
彼は彼女がそれを確認したところで、出口に向います。
美由さんは、その演奏者が有川くんだ分かりました。彼にそんな一面があるとは、いままで知りません。
安堂くんは階段を登って行ってしまいます。
「安堂!」と彼を呼びます。階段の途中で彼が一度足を止めます。
「ごめん、心配かけて」なぜか素直にそう云えました。彼はそれを聞いて、振り向かずに手を振るとそのまま、地上へと上って行ってしまいました。美由さんはピアニストの方へと近づいて行きます。
地上へと出ると、安堂くんはその日、数本目の煙草を取りだし、口に咥えました。ライターをそれに近づけますが、火が点かなくなってしまっていました。いまいましげに、それを路上に吐き出すと、駅の方へ歩き始めました。
一度だけ彼らのいる店を振りかえります。そして、少しだけ寂しそうな、笑顔が浮かびました。
それから、もう2年以上が経過しています。
遠くから声が近づいてきます。有川くんの声であることはすぐに分かりました。
「あんどー、お前が云い出したんだから、ちゃんとまとめろよなあ」
少しイライラした、でも、どこか嬉しそうな彼です。安堂くん、PalmOSIII に、Upgrade *1 した、PILOT5000 をスーツの内ポケットに収めると、彼の方に向って近づきます。
彼の傍らには彼女がいました。
「おう」
という安堂くんの言葉に、彼女も (おう、) と茶化す様に答えます。
◇ ◇ ◆
註
*1: 2M Upgrade Kit で、Pilot も、Palm にパワーアップできます。PalmOSIII となり、Beam が使用できるようになります。


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