1998年9月アーカイブ

クラッカー
連載35(Ver1.0)

◆ ◇ ◇

 田中太郎さん。タタさんを形容すると・・
 まず、その背の高さが飛び抜けています。すらりとした、と云うよりもひょろりとした印象。そのてっぺんにいつもにこやかな、優しそうな顔が乗っています。
 トレードマークとなっている、丸眼鏡は、プライベートには黄色のサングラスになっているのを何度か見ています。
「おひさまのような」三奈月さんやマキさんが贔屓目に見れば、そう云える容貌も、今は少し翳っている模様。
 高原さんとタタさんは客先から、社に戻る途中、昼食にレストランへ入ったのでした。一緒だった鶴川さんはとても忙しいらしく、一足お先に帰って行ってしまいました。久しぶりにタタさんと二人、向い合って食事をしていたのですが、
「どうしたの」
「なにがです?」
「なにか、気になることでもあるの?」
 そう見えますか、と云うとタタさん少し肩を落します。彼にしては珍しい仕草です。いえ、タタさんのそんな素振りを見たことはこれまでにありません。
「仕事のこと?」じゃないよね、と勝手に解釈します。とするとやはり・・
「三奈月さん、最近悩みごととかあるのでしょうか?」
 やっぱりそう来たか・・高原さん、少し眩暈を覚えながら。
「さあ、タタさんに心当たりは?」
「え?いえ、まったく分かりません」
 だろうねぇ、この朴念仁が! 心の中で毒づきます。
 仕事でなにかつまづいているんでしょうか。と考えこんでいる彼に、三奈月さんの落ちこみの理由を訊ねてみます。
「そうそう、タタさん。近所で女の人と並んで歩いてなかった?」
「はい、今、姉が家に来てます」なんでも、お姉さんが出張でこちらに来ているとのことです。まあ、そんなところであろうと思っていた高原さんは、三奈月さんにすぐ伝えるべきかどうか思案します。
 タタさんの携帯電話が鳴りました。鶴川さんからで、すぐに会社に戻ってきて欲しいとのことでした。

「これ、どうして、Pilot のアプリのアイコンが表示されているのですか」
「PPDE *1 てのがあってさ、Windows 上で、Pilot ware のアイコンが表示できるの。インストールも簡単にできるようになるよ」マキさんの問いに有川くんが答えます。
 彼女はディスプレイを覗き込みながら、しきりに感心しています。有川くんは毎度のようになぜかとても偉そうに、説明をしています。
 三奈月さんそんな二人を横目で見ながら、戻って来て早々に部屋を出て行ってしまったタタさんが気になります。鶴川さんと深刻そうな顔をしていました。
(なにか、あったのかな?)
 あれこれ考えてみますが、まったく分かりません。気にはなりますが、帰ってくる気配はありません。とっくに昼休みも終っていましたので、今取りかかっているプログラミングに向います。
 タタさんたちがオフィスに帰ってきてから淹れたコーヒーもいい加減煮たってしまっているでしょう。三奈月さん電源を切るために、一度給湯室に立ちました。それから間もなくして、彼がひとりで戻ってきました。
「すみませんけど、会議室に集まってもらえますか」帰ってくるなり、彼はそう云います。私もですか? 新人であるマキさんが場に違和感を覚えたのかそう訊きます。

 グループのメンバーが、部屋に揃います。鶴川さんはまだこちらに戻ってはいないみたいです。
「ハッカーですか?」一通り話が終って、有川くんが云います。
「クラッカーですかね、どちらかと云うと」
「いや、明かにクラッカー。クラッシャー、だな」この場に呼び出されたらしい、安堂くんが云います。
 会社の本体が運営している、外向けの Webサーバに侵入者があったということです。その件でタタさんと鶴川さんが呼び出されたのでした。そして、タタさんに「なんとか、侵入者をつきとめて、二度とそんなことが無いように」して欲しという、依頼と云えば聞こえはいいですが、有川くんたちから見れば、命令でした。
「でも、そういうのって、研究所の連中が得意そうじゃないですか。向きですよ」暇なのだし、とでも云いたげです。
「それはあれだろう?うちの副社長と、あそこの所長は仲が悪いからさ、うちに来たものをあちらには回せないよ」妙にその辺りに詳しい安堂くんが答えます。
「本当に申しわけないけど、協力してもらいたいのです」タタさんが云います。
「要するに社内で、その辺りをサポートできるのが、ウチの部くらいだってんで、オハチが回ってきたんでしょう?」
 高原さんの云い分に肩をすくめるタタさんです。
「でも、セキュリティが破られたのなら、防御作を講じればいいですよね。どうして、犯人の追及に拘るのですか?」とマキさん。
「すみませんけど、そこはちょっと複雑な事情があるらしいのです。その複雑な部分は私が全部引き受けますから」
 どうにも、気乗りしないなら外れてください。卒直にタタさんは云います。皆さん、少し考え込むようにしますけど、結局はそれに加わることになります。
「タタさんに頼まれたら、断れない」という有川くんの答えは、皆さんの答えでもありました。

 侵入者が再度、マシンに忍び込むのを待ち構えて、その動きの全てのデータを揃えることにします。とりあえず、3日間の猶予が与えられました。それだけ待って、もう一度入ってこないようであれば、追及は諦めてセキュリティを一挙に上位のランクへと上げてしまいます。
「応接室と会議室をひとつずつ押さえてありますから、この間のミーティングはそこでします。多分、泊りこむことになると思いますので、仮眠室も確保しました。あと、マシンルームへのフリーパス。シャワールームの24時間使用も OK です」
 呼び出しにあった、たった数十分でその全て交渉を済ませたらしいタタさんは続けます。
「ガイドラインはなんとなく見えてますので、内容と担当とを割り振りますね」
 各々の担当が決まり、それぞれで、用意を整えることになります。また2時間後に打ち合わせることとなりました。
「高原さん、」
 全てのログの吐き出し、トレースを行う暫定監視マシンのセットアップを任された彼女は、会議室を出て行こうとしたところで、タタさんに呼び止められます。
「誠司さんを呼べるでしょうか」彼は云います。
「たぶん、今はそんなに忙しくないって云ってたから・・」
「お願いします」タタさん、頭を下げます。
「いいって、いいって、こういうの好きだからね」と答えますが、内心では相当切羽詰っているらしいという印象を受けてしまいます。どうやら、彼らに伝えられていること以上に根が深い問題がある様です。

 担当が割り振られて、皆さんがそれぞれに別れたあと、三奈月さんがぽつりと残ってしまいました。
(そりゃ確かに私は技術的には、まだまだだけど・・)ちょっと落ち込んでしまいます。
 タタさん、高原さんとの話を終えて、彼女の方へと近づいてきました。
「三奈月さんは、私とどういう経緯で侵入されたかを調べてください。このままマシンルームに行けますか?」
 そう云って、部屋を出ていく彼の後を慌てて追います。
 追いついて横に並びました。ちらりとタタさんの横顔を見ます。これから大変な作業が待っているでしょうに、少しだけその顔に見入ってしまいました。
 と、目の前に迫って来た扉に肩口からぶつかってしまいます。
「だいじょうぶですか」と彼女を抱え上げてくれたのは、いつものタタさんの笑顔でした。

 ◇ ◇ ◆


*1: Mark Chao-Kuang Yang さん作成の PilotDesktopExtensions です。インストールすると Palm/Pilot に表示されるアイコンが、Windows上でも表示がされるようになります。また、右クリックでのインストール、情報の表示も可能となります。

トライアングル
連載34(Ver1.1)

◆ ◇ ◇

 2本目の煙草を踵で踏み潰します。そして、すぐに新しいものを取り出しました。
 彼女が会社から出て来ました。近づきます。
「ちょっと、付き合わない?」
「どうして?」
「理由が必要なのか?」
「・・・」
「もちろん、ワケはあるよ」
 そう云って歩き出します。彼女は少し躊躇している様でしたが、すぐに彼を追いかけます。安堂くんは、まるで彼女が付いて来るのがあたり前という感じで、どんどん、歩いて行ってしまいます。それに、遅れないように小走りにくっついて行きます。
 結局、お店に着くまで、一言も会話はありませんでした。

 美由さんは彼の後姿を追いかけながら、デジャブに襲われていました。いまさら、一体、自分に何の用があるのかが分かりません。安堂くんはほとんど脇目も振らずに進んでいきます。相変らず・・
 ふたりで、久しぶりに向い合って席に着くと、
「何にする?」そう行って、彼がメニューを拡げて差し出します。
「ビールでいい」
 素気なく美由さん答えます。
 とりあえずビールをふたつ、と頼みます。すぐに、生ビールがテーブルに来ました。安堂くんは、カンパイをしようと、ジョッキを差し出します。それに美由さんは応えずに、ぐいっとビールを口にします。
 彼は肩をすくめるようにしてから、それを同じく、ぐいっと煽ります。
「アメリカに行くんだって?」美由さんが云います。
「ああ、来週の終りくらいにな」
 ふうん、それだけを云います。
 彼は灰皿を引き寄せると、すぐに煙草を灯します。それを見て彼女は眉をひそめました。
「なんなの?用件は?」
 なるべく、不機嫌に見えるように云いました。
「有川がさ」
 彼が話し始めます。
「落ち込んでんだよ。確かに外面を見てるだけなら、分かんないかもしれないけど。なんだかね・・ もう少しうまくやれないのか?」
 美由さん、思わず絶句してしまいます。確かに、つい数日前に彼と、諍いがありました。彼女としてはそれ程、大きなこととは思っていなかったのですけど。安堂くんが見るところ、彼に取ってはそうでもなかったらしいです。
 でも、だからといって、
「そんなこと、あんたには関係ないでしょ」
 あなたにだけは云われたくない・・
「なんで、そんなこと云うの・・」
「どうしてかな? 分かんないよ、おれにも」
 二人が出会った頃に、ほんの少しだけですが、そういう関係にあったことを思い出します。それは数ヶ月間のことでしたが、今でも美由さんの中には (思い出) として、小さくはない領域を占めているのです。
「そんなに、おせっかい焼きとは知らなかった」
「おれもだ。自分でうまく行かなかった部分を、あいつに求めているのかもしれない」
「贅沢な思い込み、だと思うけど」
「ああ、まったく」

 そのお店は出ました。どこへ向っているのかは、分からないまま美由さんは彼の横を歩いています。
 ふと、有川くんにとても申し訳ない気持になってしまいました。彼とはこの数日は会っても、話してもいません。でも、急に彼の声が聞きたくなりました。
「私、もう帰るね」そう言葉に出ます。
「いいから、もう一ヶ所、付き合え」、相も変らずに、強引です。時間がまだ早かったことを自分への言い訳にして、美由さんはそのお店に足を入れました。
 ピアノの旋律が体に纏わりつくように、流れています。
 彼は入り口をちょっと入ったところで足を止めました。その背中に衝突しそうになりながら、彼女も足を止めます。
「なんか、哀しい曲だと思わないか?」
「なに?」
 すると、安堂くんは云います。おれの役目はここまで、だと。そうして、指を差します。その先には、ピアノがあって。そして、そこには・・
 彼は彼女がそれを確認したところで、出口に向います。
 美由さんは、その演奏者が有川くんだ分かりました。彼にそんな一面があるとは、いままで知りません。
 安堂くんは階段を登って行ってしまいます。
「安堂!」と彼を呼びます。階段の途中で彼が一度足を止めます。
「ごめん、心配かけて」なぜか素直にそう云えました。彼はそれを聞いて、振り向かずに手を振るとそのまま、地上へと上って行ってしまいました。美由さんはピアニストの方へと近づいて行きます。
 地上へと出ると、安堂くんはその日、数本目の煙草を取りだし、口に咥えました。ライターをそれに近づけますが、火が点かなくなってしまっていました。いまいましげに、それを路上に吐き出すと、駅の方へ歩き始めました。
 一度だけ彼らのいる店を振りかえります。そして、少しだけ寂しそうな、笑顔が浮かびました。

 それから、もう2年以上が経過しています。
 遠くから声が近づいてきます。有川くんの声であることはすぐに分かりました。
「あんどー、お前が云い出したんだから、ちゃんとまとめろよなあ」
 少しイライラした、でも、どこか嬉しそうな彼です。安堂くん、PalmOSIII に、Upgrade *1 した、PILOT5000 をスーツの内ポケットに収めると、彼の方に向って近づきます。
 彼の傍らには彼女がいました。
「おう」
 という安堂くんの言葉に、彼女も (おう、) と茶化す様に答えます。

 ◇ ◇ ◆


*1: 2M Upgrade Kit で、Pilot も、Palm にパワーアップできます。PalmOSIII となり、Beam が使用できるようになります。

Trouble Maker
連載33(Ver1.0)

◆ ◇ ◇

「よお、久しぶり」
「安堂、いつ帰って来たんだ?」
「帰ってきたワケじゃないよ。一時帰国、あと2週間くらいしたら、また戻ることになってる」
「そうか、」
「結婚するんだって」
「ああ、来年のはなしだけど」
「おめでとう、同期の連中でお祝いはした?」
「いや、べつに、その、大げさにすることでもないし・・」
「ナニ云ってんだよ。十分、大袈裟なことじゃない」
 という様な会話がありました。内容の通り、有川くんと同期入社の安堂くんが一時的にではありますが戻ってきたらしいです。有川くん、美由さんの同期の人たちでのお祝いをしていないのかと訊かれ、半ば強引に会を持つことに了承させられてしまいます。
 もちろん、有川くんも嬉しいのですけど、どうも、(こいつ、単に連中と集まって飲みたいだけじゃないの?) という考え方も湧いてきます。

 その日、タタさんとマキさんは鶴川さんと、新しいプロジェクトの件で、客先に直行しています。
 お昼過ぎに、高原さんと三奈月さん、有川くんは社食に来ました。3人でテーブルにつくと、早速、有川くんは照り焼きチキンを刻みにかかります。皿の上で、解体作業を済ませてしまってから、箸を手にします。
「タタさんたち、今日は戻ってくるんですか?」
「うん、午前中で打合せは終るはずだよ」高原さんが答えます。
「マキさん、客先に行くの初めてでしたっけ?」
 三奈月さんが訊くと、二人は頷きます。
(そうか) 彼女が入社した頃のことを、思い出します。
「私の初めてのプロジェクトって、高原さんと一緒に出掛けましたよね」
「そうそう、この前のバーベキューの最後で話題になったプロジェクトだったでしょう」
「あの、恐かったってやつ?」
「そうか、あれって、入ったばっかりの頃でしたね」
 三奈月さんお茶を口に運びながら、回想します。高原さんが云います、
「彼女と彼は、とっちめたの?」
「まだです。会いましょうって、滝原さんにメールしてみただけです」
 だったら、私も行きたい、と高原さん。二人して、ふたりをいじめる相談を始めます。
(かわいそうに・・) 有川くんが知らない彼らに同情していると、ポン、と頭を叩かれました。振り向くと安堂くんが手を振りながら、出口に向うところでした。
「あれぇ、安堂くんだよね」と高原さん。
「ええ、2週間くらいしたら、また、アメリカらしいですけど。誠司さんに云っておいてください」
 誠司さんがまだ、社にいた時に安堂くんと彼はあるプロジェクトで深く関わりました。
「アドレスは変ってないと思いますから、連絡はつくと思いますよ」
 三奈月さんの来る少し前のことですので、彼女は彼のことは話で聞いているだけです。
「そうそう、あいつが云っていたんですけどね・・」そう云って、妙な間を取ります。女性二人は思わず、手を止めて話の先を促します。
「タタさんて、結婚してるの?って訊くんですよ」
「はあ?」
「いや、してないと思うって云ったのですけど」
 三奈月さんはじっとして、その話を聞きます。高原さん、なんとなく最初から雲行きの怪しいハナシだとは思ったのですけど、
「なんでも、奴によればタタさんの最寄り駅辺りで、タタさんと女の人が並んで歩いていたって、イテッ!」
 最後の一言は、テーブルの下で、高原さんの蹴りが有川くんの膝頭にヒットしたためです。なにするんですぁ、と非難の声を上げる彼ですが、その隣で三奈月さんが固まってしまっているのには気付いていない様子です。

 傍らの財布が視野に入ります。
 そして、それにぶら下っている、キーホルダーに目が行きました。ついこの間に付けたものです。結局、あれからいつも手の届くところにあります。
 ディスプレイに目を戻します。やるべきことは山積しているのに、先程から全く、手についていません。
「やれやれ」
 そんな三奈月さんを横目で見ながら、高原さんは溜め息を漏らしました。
(子供じゃないのだからさ・・)
「かわいいね、それ」昨日のこと。彼女の持っていたそれを見て云ったのでした。
「タタさんに貰ったんです」そういう答えが返ってきました。三奈月さんはさらりと云ったつもりだったのでしょうが、頬が少しだけ上気していたのです。
(なんだ、うまく行ってるじゃないの) とその時は思ったのですけど、まだ、思い過ごしの領分のらしいのです。
 三奈月さん、Pilot で、Todo を確認すると席を立ちました。「なにか要るものありますか?」気分を転換するために、ちょっと外に出ることにします。

 通い馴れた道を少しだけ、駅の方へ歩いて、コンビニに向います。端から見れば、のんびりとした足取りですが、三奈月さんの頭の中は同じ言葉と疑問をずっと反芻し続けています。
(なんとなく、そういう人がいないって思い込んでいただけで、そいういう人がいたって全然不思議なことじゃないんだ)
(いや、むしろ、いないって考える方がおかしいんじゃないかな)
 いちいち、会社の人たちに報告するわけじゃなし、高原さんとかが知らない可能性だって・・
 どうも、俯き加減になりながら、お店に入りました。Pilot 用の単4電池を手に取ります、Battery Level Hack *1 の表示が、2 Volt を割っていましたので。
 他に、コーヒー用のミルクとシャープペンシルの芯を持って、レジに並びました。店員さんが一人だけで、そこに集中してしまっているので、ちょっと待たされそうです。
 頭を多少振ったところで、先程からの思考は滑り落ちてはくれないようです。そして、溜め息・・
 そのとき、
「ああ、それ使ってくれているのですね」
 いつの間にか、タタさんが隣に立っていました。カゴを下げています。これから会社に戻るところみたいです。
 ありがとうございます、にっこりと彼が云います。
 三奈月さん、彼の顔を見上げて、
「はい」と微笑みました。
 少し、せつない笑顔だったかもしれません。

 ◇ ◇ ◆


*1: アプリケーションラウンチャーのバッテリーの表示をカスタマイズする Hack ソフト。Pilot 版と、PalmIII 版とある。David Smith さん作成。[↑]

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