又八郎さんと私 (Pilotな日常 連載25)

又八郎さんと私
連載25(Ver1.0)

◆ ◇ ◇

「延びたのですか?」
「そうみたい」
「いつまで?」
「来週のアタマかな」
 ふう、と三奈月さん、息を吐きます。
「そう、あからさまに落胆しないでよ」
「だって・・」
 彼女、社食のニシンをつつきまわします。先に食べ終ってしまった、高原さんは、お茶を口にしています。
「月曜の打合せがあるから、それに出席して欲しい、って云われたらしいよ」有川くんは土曜日に帰ってくるみたいだけど。
 そう云うと彼女を伺い見ます。三奈月さん、口がへの字に曲ってしまいました。魚の解体作業がさらに続いています。それは、骨からはがされて、どんどん細分化されて行きます。
「来週の中ごろには戻ってくるだろうからさ」
「・・・」
 そこへ、マキさんが遅れて来ました。
「ああ、それ美味しいですか」三奈月さんの皿の上を見て云います。
「うん・・」「どうしたんですか?元気無いですね」
 あ、タタさんが帰ってこないからでしょう? と続けます。と、きつい視線が返ってきます。
「あ、あ、マキちゃんにはさっき云ったの」高原さんが、とりなすように答えます。
「先輩ってば、会えないからって、二週間くらいでそんなに荒れちゃあダメですよ」
 珍らしく「先輩」という言葉を使います。それを聞くと急に表情変わって、「そうかな」と訊きます。
 マキさんが近くに来たという影響もあって、最近は、三奈月さん、感情の表し方がストレートになってきました。彼女もそのことに戸惑いを覚えつつも、(悪くないことかな)と思っています。ただ、マキさんに対しては別の思いがあります。
「そうですよぅ」
 と云うマキさんは、もちろん、タタさんに対する想いはありますけど。三奈月さんのことも、もっと好きになってしまっていました。
 今はどちらかと云えば、ふたりになんとかなって貰いたい、という気持ちが茅生えつつあります。マキさん、三奈月さんの隣に座って、チャーハンを口に運び始めます。
「電話とか、mail とかしています?」
「え、なんの?」
「なんの?って、なんでもいいんですよ。していないんですか?」
 三奈月さん、ふるふると首を振ります。マキさん、高原さんはそれを見てから、同じ様に首を振ります。
「三奈月さんが、がんばらないなら、私が頑張っちゃいますからね」マキさんが宣言します。

 次の日は会社は休みです。
 高原さんに誘われて、又八郎さんを迎えに来ました。
「予定より長くなってしまったから、ウチに預かって貰いたいんだって。それまでの約束の期間だったからっていうのもあるけど、都合が悪いらしいの」ということです。
 それまで、又八郎さんはタタさんの東京での唯一の親類のところに居たのですが、これ以上は預かっていられないことになってしまったそうです。
「それで、頼まれたってワケ、うちは平気だからさ」高原さんが云います。
 マキさんもタタさんの愛猫に会いたいとご一緒しています。
「どうして、三奈月さんにそんなに、なついているんですか?」
 迎えに行くと、又八郎さん、脇目もふらずに三奈月さんの胸に抱かれました。
「さあ、つきあいが長いからじゃないの?」
 高原さんの車で、彼女のマンションに向っているのですが、彼は三奈月さんの胸のなかで、とても、くつろいでいる様子です。ちょっと抱かせて、と云うマキさんに見向きもしません。
「気難しいの?」
「さあ。タタさんが云うには、相当頭がいいって」
「でも、猫さんでしょ」
 にゃぁ
 その会話に、納得がいかないというように又八郎さんが鳴きます。
「なんか、怒られちゃったみたい・・」マキさんが呟きます。

 高原さんのマンションに着きました。
「夕方になっちゃったね」
「そうですね」
「送って行くからさ、ちょっとつき合って」という、高原さんは夕飯の用意を始めます。
「いいんですか」というマキさんの問いに、
「たまにはダンナ以外の人の為に、作ってみたい時もあるの」と云います。手伝おうと、マキさんと三奈月さんもキッチンに入りますが、学生の頃から自炊していたというマキさんと違って、三奈月さんはあまりできることもありません。
 結局、邪魔になるだろうと、居間に戻ってきてしまいました。ちょっと、落ち込んでみたりします。
 又八郎さんは、窓の近くでまどろんでいたようですが、彼女が戻って来たのを見ると、そのソファの隣へと登ってきて、三奈月さんに体を寄せました。
「私って、全然、女の子っぽいことできないの」
 そう云って、また、彼を抱き上げました。これまでと違って、彼はじっと彼女を見返してきます。不思議な視線です。タタさんのことを想い出してしまいます。
「いいのかな?」まるで同意を求めるように云います。
 それを聞くと、又八郎さんは彼女の肩あたりに前足を置くと、なるべく体重をかけないようにと、飛び上がりテーブルの上に降りました。そして、その上にあった、マキさんと、三奈月さんの並べてあった Pilotと携帯電話、財布 から、彼女の Pilot を選んでつついています。
「ん?」見ると電源が入りました。
 TealGlance *1 が少し表示されたあとに、タタさんのアドレスブックが開きます。それをまた、じっと見た又八郎さん、今度は三奈月さんをじっと見ます。
「ありゃ、見つかっちゃった」つまり、前に電源を切る時にこの画面を見ていたことになります。
 すると、今度は彼女の携帯電話を、その Pilot の隣に置かれます。それをまた、前足でつつくと、小さく一声鳴きました。
「え?電話するの?」そう訊くと、彼は頷く変わりにまたソファに移動して、携帯を眺める様にします。そうされると、手に取るしかありません。三奈月さん、おずおずとそれを手にしました。
 キッチンの方を伺うと、ふたりの楽しそうな声が小さく聞こえてきます。
 タタさんのナンバーがその液晶に表示されました。又八郎さんを見ると、
「にゃあ」と励ますように云います。
 ボタンを押すと、コール音が聞こえてきました。動悸が早くなってくるのを感じます。また、彼が鳴きます。
(そうか、又八郎さんのことを、まず、話せばいいんだ) そう思います。
『はい、田中です』
 彼の声を聞くと、不思議と動悸は治まってしまいました。
「三奈月です、こんにちは」まず、そう云いました。それから、話し始めます。緊張していたことも忘れてしまって、自然な会話ができます。
 ふと、又八郎さんの方を見ると、「やれやれ、世話がやける」といった顔で、ソファの上に丸くなっていました。

◇ ◇ ◆


*1: 予定と時刻を一定時間表示させることができます。細いカスタマイズが可能。起動した日のデータを一覧します。TealPoint Software's 作成。

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