嵐のあと
連載23 (Ver1.0)
◆ ◇ ◇
徹夜明けとはいえ、前日はずいぶん早くに就寝しましたから、ほぼいつも通りの時間に目が覚めました。
テーブルの上にメモがあります。
『打ち合わせがありますので、先にでかけます。昼ごろに来てくれれば良いです。 T.T.』
この数日そうでしたが、タタさんは朝食を取るために、有川くんより先に部屋を出ていました。朝食を食べることが、まず無い彼は、コーヒーを飲むためだけに、朝、タタさんの行きつけている喫茶店に行って、そこでタタさんと合流して、出勤しているのです。
というわけで、この朝は特別に甘えさせていただける様です。有川くん、とりあえず、シャワールームに入ります。
出たところで、いつものようにプロパイダに接続して、いつものサイトへアクセスします。朝の一服を点けて、倖せな気分です。冷蔵庫から缶のコーヒーを取りだして、プルを開けます。Web でいつものコースを巡回し始めます。
J-OSIII *1 の最新リリースを、インストールしてみました。そのパーフェクトな出来に思わず感嘆します。
咥え煙草で、キーを叩き、その他の最新ツールのダウンロードをして、PalmIII へ入れてみます。紫煙が部屋に充満していきます。タタさんが一緒のときは、そうもいきませんので。
一通り巡った後に、会社の内側のネットワークに接続して、メールをチェックします。美由さんから、何通かのメールが届いていました。それに対して簡単な返事を書いて送ります。
「電話しなきゃね」呟きます。
ドタバタのせいでなかなか、それができませんでした。とりあえず、今夜にでも掛けることに決めます。
タタさんお言葉通りに、朝のひとときを過ごします。テレビをつけて、ワイドショーなんかをのんびりと眺めます。とは云っても、やはり、内容はどうでもよく、昨日行った作業に関して思いを巡らせます。すると、幾つか問題点になるであろう部分が浮びあがってきました。
早くそれのチェックをしたいところですが、タタさんが(ゆっくりとしてください)と気を使ってくれた手前ですから、あえてのんびりを決めこむことにします。朝にしては珍しいくらい、煙草が消費されていきます。
映像については結局のところ、彼にとって、どうでもよい事柄が耳を通過していくだけです。今更、もう一度ベッドにもぐることもできないので、のんびりと仕度を始めることにします。
ベッドの脇に置いてあった、旅行用のバッグに洗濯するべきものを詰め込みます。仕事用には別の入れ物にを用意していたので、ノートPC をそちらへしまいます。バッグの中に手を突込んでいたときに、指先にあたったものがあります。それを取り出しました。
手の中のそれは、小さく、しかしその物ゆえに重さがあります。
「なんで、持ってきたんだろう・・」
大切なものであることは分かっています、部屋へ置きっぱなしにすることはできませんでした。(おれが思っている程、大切なものなのかな) 自問してみますが、答えは返ってきません。
スーツに着替えを始めます。
ふと、気がつきました。
タタさんのベッドがやけに、きれいなのです。
まさか・・
「タタさん、昨日も寝てないんじゃ・・」
いつもマイペースな彼ですから、無理はしないでしょうし、また、無理をしない術を識っているとは思いますが、いかんせん、今回のことは予定外でした。
そう思ってみると、夢うつつにキーボードを打っている彼を見たような気がしてきます。
慌てて着替えをします。適当に髪に櫛を通すと、ネクタイを締めました。少しバランスに問題がありましたが、構わず、仕事用のバッグの口を閉めます。部屋を出ようとしたときに、先程、手にとった箱がテーブルの上に乗っているのに気付きます。
それを再度手にして、蓋を開けます。そして、それを取りだすと、そっと、内ポケットに忍ばせました。なんとなく、身に付けておきたい気持ちが湧いたのです。そうして、急いでドアを出ます。鍵を忘れずに。
タタさんの元へと、早いペースで歩き始めました。
美由さんは、ほとんどオンタイムで彼のメールを読んでいました。
「みゅうへ」というタイトルを見て、つい、嬉しくなってしまいます。今、彼女をそう呼ぶのは彼だけです。
(まったく。色気の無いメールですこと) 心の中で呟きます。聞いてはいましたが、前日のトラブルのことが、書き連ねてあります。その素気無さに返って心配になります。
最後の一行。「今夜、電話するから」というのを見て、思わず頬が緩んでしまうのでした。
こんなに、感情を左右されてしまうことに戸惑いを覚えつつ・・。
「どうしたの?」
近くの人にそれを悟られてしまったみたいです。いえ、なんでもないです。そう答えますが、その日は、それを何度も読み返しては、悦に入ってしまうのでした。
◇ ◇ ◆
註
*1: 云わずがなも、な、山田さん作成の最新 J-OS です。III は現時点では、Beta版ではありますが、その内容は正しく、「日本語 PilotOS」と云えるものです。なぜ、3com がこれを純正にしないのか・・ まあ、難しいことがあるのでしょうか。これを目のあたりにすると、パラダイムシフトが起ります。


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