1998年6月アーカイブ

Emergency!
連載22 (Ver1.1)

◆ ◇ ◇

 その朝、タタさんと有川くんが、マシンルームに入っていくと。
「おはようございます」先方のプロジェクトマネージャーが部屋にいました。これまではなかったことです。挨拶を返してから、何かあったのですか?と訊きます。
「実は・・」
 前日、彼らが帰ったあとに、清掃会社の掃除があったらしいのですが。
「それで、ちょうど久しぶりにこの辺りにも入ってもらう予定だったらしくて」聞けば、掃除器のコンセントを繋いで電源を入れたら、ブレーカーが落ちてしまったとのことです。
「この辺の電源が落ちてしまったんです」
「えっ?」思わず有川くんが云います。慌ててマシンの前に移動します。電源はすぐに復活したので、マシン自身の電気は入っています。二人してふたつのマシンそれぞれで、操作してみます。まずディスクの検査です。
「DBマシンは問題ないみたいですよ」有川くんが云います。
それに対して、「こちらは、ちょっとまずいです」タタさんが答えます。しばらく、キーを叩いていて一応は普通に立ち上がるようになりましたが。
「システムのディスクですから、今後が心配ですね」
「どうします?」
「サービスマシンとはいえ、最初から爆弾持ってるのは怖いですよね」
 結局、そのマシンはセットアップを全てやりなおすことになりました。これまでの数日間が水の泡となりました。
「しかし、今なら最短時間で設定できますから」タタさんはそう云います。確かにセットアップのノウハウは今が一番濃いのです。
「どのくらいかかりますか?」
「OS から入れ直して、データを移して・・全部含めると丸2日は要りますよ」
「交渉してきます」そう残して、タタさんは部屋を出て行きます。有川くんは早速、再インストールを開始しました。

 電話を置くと、高原さんが誰に云うともなく云いました。
「大変みたい。サービスマシンを最初からやり直すんだって」
「どうしたんですか?」三奈月さんが訊きます。高原さんは聞いた通りのことを話します。
「元凶は、掃除器ですか」
「電源の工事が遅れてたみたい。それが伝わってなかったのね。そう聞いてれば、多分、毎回マシンは落として帰っただろうし」
 それで、タタさんはデータの転送のため FireWall の外のマシンに、必要なものを移動しておいて欲しいと、高原さんにお願いしたのでした。
「間に合うのですか?やり直していて」
「うーん、なんか間に合わないみたいだよ。今日の時点でサーバ側は全てが終わっていて、あとはクライアントマシンのセットだけだったんだから」
「じゃあ、どうするんですか?」

 交渉決裂、というわけではないのですけど。2日は延ばせない、と云われました。
「なんでも、運用の講習2日目にお偉いさんが来るらしいですから」
「はあ、なるほど。ありがちな理由ですねぇ」
 キーを打ちつつ、有川くんは答えます。でも、どう考えてもこのままでは、期日通りに全てを終えるのは無理です。どうしますか? との問いにタタさんは云います。
「2日は無理ですけど、一日なら、なんとかなるということです」
「ああ、そうか。お偉いさんが一日目になるだけのことだから・・」いまいち納得行かない顔です。
 結果として、二人してマシンの前に噛りつくことになりました。とは云ってもインストール作業ですから、一時間以上もプログレスバーを眺めている時間もあります。そんな時は、HUB に接続したノートPC で、サイトをチェックして (Pilot)にもインストール作業をしています。彼らしく、
 タタさんは「この忙しいのに」とも云わないで、自分の作業を進めています。既に、外は真っ暗です。どうやら、徹夜作業は避けられない様子。
 朝に会ったプロマネが、恐縮した呈で、帰って行きました。
 Muchy's Palmware Review! *1 をチェックしていた有川くん、最新版の Drag&Drop *2 を PalmIII に入れます、
「あれ?レジストしてるのに、なぜ [DEMO] がペーストされるんだろ?」 *3
 タタさんがコンビニで買ってきた、おむすびを食べると、再度マシンのセットアップに没頭しはじめます。タタさんは、タタさんで、本来、今日やるべきだった作業を遅ればせながら始めます。
「日付が変りましたよ」
「眠たくないですか?」
「まあ、徹夜は馴れてますよ。まだ若いですし」
「ならば、私はひと眠りしていいですか」
「なぁに云ってるんですかぁ、タタさんだって若いじゃないですかっ」
 そのまま朝を迎えます。

 鶴川さんは出社して早々に、携帯のタタさんと話しました。なんとかその日のうちに、全体の設定が終りそうだ、とのことで、ほっと胸を撫でおろします。
「でも、そんな状態で講習なんてできるの?」
『とりあえず、終った時点ですぐに帰ります。実際、集中した時間は有川くんの方が多かったので、彼は明日の昼まで寝ててもらいますよ』
 タタさんはそう云いますが、彼も大変な状態のはずです。無理しないで、ということを云って受話機を置きます。
「大丈夫なのですか」傍らで心配そうに聞いていた、高原さんたち。
「まあ、大丈夫だろう。彼らのことだからね。なんとかするさ」

「この CGI から、ちゃんとデータベースにアクセスできれば OK です。あとは、問題が起った時点で見直すしかないですね」
 タタさんと有川くん、同じディスプレイを見つめています。クライアントの DOS/V マシンから、ブラウザで操作してみます。想定していた答えが表示されて、ひとまず安堵です。
「今、何時ですか?」時計を持たない有川くんが云います。
「6時ですよ」「ええ?」驚いてブラインドの隙間を開いて外を見ます。本当だ、暗いですね、と呟きます。
「もう OK にしましょう。これ以上やっても、集中できないでしょうし」
 会社の人たちと一緒に、出口を過ぎました。

「又八郎さん、大丈夫なんですか?」
「でしょう、彼は私よりマイペースですから」
 タタさんの愛猫、又八郎さんは知り合いの所に預かってもらっています。
「じゃあ、大丈夫ですね。きっと」
「ははは、どういう意味ですか」
 ホテルに戻って、ビールを注ぎました。
「おつかれさま」と云って、グラスを合わせます。心地良い音が部屋に響きました。
「明日は昼頃まで、休ませてもらうことにしてありますから、ゆっくり寝てくださいね」
「ああ、ありがとうございます」そう云って、一気に煽ります。少しの間、昨日今日のことを話していましたが、有川くん、すぐにベッドにもぐってしまいます。
 それを眺め、タタさんはにっこりとします。そして、音を立てないようにノートPC を取りだして、なるべく静かにキーを叩き始めます。そうしてしばらく、ディスプレイを睨んでいました。

◇ ◇ ◆


*1: Muchyさんの、Palm/Pilot サイト、一日1レビューを掲げてらっしゃいます。初心者の方にもヘビーユーザにも、お役に立ちます。
*2: 福本さん作成、話題の Drag&Drop Hack。テキストを選択してペン操作で移動、コピーが可能となります。また、モジュールを追加することで、様々な機能が付加されます。
*3: このような現象は、バグだったそうです。すでに、対応されています。私自身の設定のためと思っておりましたので、このようなことを書いてしまいました。福本さん、すみません。

しばしのお別れ
連載21 (Ver1.0)

◆ ◇ ◇

「タタさん、ビール頼みましょうよ」
「なに云ってんですか、勤務中ですよ。それに、これから、一応、客先に直行の形なのですから。赤い顔で行くわけにはいかないです」
「ちぇー」
 夜に好きなだけ飲ませてあげますから、となだめます。そして、結局、烏龍茶とジュースだけを買いました。
 有川くんは、PalmIII を取り出して何やら入力している様子。タタさんは、それをちらりと横目で見ると、目の前の仕事に戻ります。HTML ファイルにドキュメントをまとめています。
 新幹線でふたり、移動中です。システムのセットアップ、インストール、データの移行が待っています。と云っても今日のところは、移動時間がほとんどで、夕方前くらいに先方に到着して、挨拶だけをする予定です。
 しばらく、PalmIII とにらめっこをしていた有川くんですが、今度は持参したノートパソコンをバックから出します。すると、PalmIII をそれの隣に構えます。タタさんその仕草を不思議な面持ちで見ています。
「IrSync *1 ですよ」彼はそう云うと、PalmIII に表示されたボタンを押しました。ノート側で、シンクが始まったのが分かります。
「へえ、便利ですね」
「Cradle を持ってきたんですか?」と訊かれます。
 そりゃあそうです、とタタさんは不機嫌そうに答えます。「赤外線ポートなんて、ありませんから」
 得意満面の有川くん、
「これいいですよ、これだけでも、PalmIII を買った甲斐があるってもんです」
「はいはい、よかったですね」半分は相手にしないで、タタさんは仕事を続けます。

 会社では、女性3人で食事中でした。
「もう着いたんでしょうか?」とマキさん。
「まだでしょう、夕方くらいって云ってましたから」これは、三奈月さん。
「2週間くらいの予定だから、しばらくは淋しいね」高原さんが云います。
 他のふたりは思わず、溜め息です。それを見て高原さんは吹きだします。
「まあ、彼らのことだから、さっさと切り上げてくるでしょ。早ければ1週間をちょっとオーバーしたくらいで帰ってくるんじゃないの」
「でも、それは、トラブル無しで終った場合でしょう?」
 マキさんは、晴れてこの部署に配属になりました。歓迎会が終ってすぐに、タタさん、有川くんは出張となってしまいましたので、少しもの足りない感じです。
「三奈月さん」ふと、声がかかりました。見ると、美由さんです。
「もう着いたって?」「いえ、まだみたいですけど」
 ふうん、と云うと隣に腰かけます。
「ここにもいたか、淋しいオンナが」
「なんか云われました、高原サン」足を組んで、頬杖をついて横目で訊きます。これに、高原さん、にっこり笑って云います。
「ううん、なんにも・・」
「怖い・・」
 マキさんと三奈月さん、それを見てつい言葉を漏らしてしまいます。

 さて、まだ新幹線の中。
「ほら、これ見てくださいよ」そう云って、有川くんが取りだしたのは、Pilotモデムに似て非なるもの。
「SnapConnect *2 ですか?もしかして」
 それに、彼は満足そうに頷きます。
「とどまることを知らない、物欲ですねぇ」
「ほっといてください」

 昼食を終え高原さんたちは、オフィスに戻りました。しかし、まだ昼の休み時間は残っているので、「買物に行かない?」という高原さん。でも、ふたりには断わられてしまいました。仕事が忙しいという風にも見えないのですが。
 ちょっとした買物をして、戻ってきた高原さんは少ししたら、状況が見えてきました。
 外線の電話はこれまでは、基本的に三奈月さんが取っていたのですが、マキさんが配属されたことにより、ふたりで取るようになりました。大抵は、2コールくらいで出ているのですが、今日に限っては電話が鳴った瞬間にどちらもが受話機を素早く手にしています。
(タタさんからの電話なんて、今日に限ったことではないのに)、そう思います。「わからんな、女ごころは、」自分を棚に上げて、そんなことを呟いています。
 午後の業務を開始しても、ずっとそんな調子で電話の激しい争奪が続きます。他の周りの人はあまり変に思っていないようですが、事情の分かっている高原さんは、どうにも気が散ってしょうがないです。
 やれやれという様に、首を振ります。
「テレクラじゃあるまいし・・」
 品が無いですね。

 タタさんと有川くん、数時間かかって、やっと客先に到着しました。挨拶をしてから、発送しておいたマシンの梱包をほどきます。中の部品を確認すると、とりあえず今日のところは終りにします。
「まだ、明るいですけど、今日のところはホテルに入りましょうか」
「そうですね、なんだかんだで、疲れましたし」
 タタさんは携帯電話を取りだして、会社の短縮を呼び出します。

 ベルが鳴り響きました。
 しばらく、電話がありませんでしたので、高原さんは目の前のことに集中できていたのですが、その音にまたピクリと反応しました。しかし、見るとなぜかふたりとも席に居ないようです。
 3コールの後に電話に出ました。
『おつかれさまです、田中です』
「ありゃ、タタさん」
『ありゃ、ってなんですか』
「無事に着いたの?」
『ええ、とりあえず。今日のところはもうホテルに向います』
 そして、少しだけ話をして、「おつかれさま」と受話機を置きました。その時丁度、マキさん、そして、三奈月さんが戻ってきました。しかし、これまでの経緯からすぐに云い出せません。
 少し後になってから、鶴川さんが、打合せから戻ってきたので、
「タタさんと有川くん、無事に着いたみたいです」と、なるべく(さらり)と報告しました。鶴川さんはそれに「はあい」と返事をすると、さっさと、またオフィスを出ていってしまいます。
 予想はしていたことですが・・
「・・・・」「・・・・」
「コラ!ふたりして睨むんじゃないの!」

◇ ◇ ◆


*1: IS/Complete,Inc 作成。赤外線通信で、HotSync を可能にするアプリケーション。ノートユーザ且つ、PalmIII ユーザであれば必携。
*2: PalmPilot/PalmIII に対応した、モバイルデータアダプタ。PIAFS でも使用ができる。アイ・オー・データ機器。

プロローグ
連載20 (Ver1.0)

◆ ◇ ◇

 時期的にどうしても、雨が多く、この日もそうでした。
 とは云っても、三奈月さんが家を出たときにはまったくそんな気配も見えず、慌てていたこともあって、傘を持たずに家を出てしまったのでした。駅から会社へ向う途中で、急に降り始め、それはあっという間に大粒の雨となりました。
 交差点の手前、煙草屋さんの軒先で、目の前の信号が変わるのを待ちます。もう会社はすぐそこに見えています。しかし、あまりに雨足が強いので、その青信号を見送ってしまいます。熄む気配も、弱まる気配もなく、しばらく、そこに立ちつくしていましたが、このままでは遅刻してしまいますので、覚悟を決めることにします。まるで、水中に潜るかのように息を吸いこんで、軒下を飛び出そうとしたときに・・
「どうぞ」と声がかかります。
 隣を見ると、男の人が立っていました。前方を見ていたので、三奈月さん、全く気がつきませんでした。傘の下に導かれます。
「ありがとうございます」
「うちの会社の人ですか?」
 三奈月さんの目指している建物を指差して、彼は云います。「はい」と応えます。そして、傘の下で身を縮めながら、社の入り口まで一緒に歩きました。
 もう一度、お礼を云ってエレベータ前で別れました。彼は来ていたエレベータに急いで乗りこんでいきました。
「遅いぞぉ」
 部屋に入って行くとまず、そう云われました。
「遅れなきゃいいの。大変だったんだから、そこまで」そう云います。
「なに?傘持ってなかったの?」
 研修ももう終りに近づいて、一緒に入社した女の子たちともずいぶん、打ち解けました。時計を見ると、もう、すぐにも就業時間が始まるときです。本当にちょっと危なかったようです。
「でも、濡れてないね」
「うん、助けてもらっちゃった」
 だれに?と訊かれますが、首を振ります。
「この会社の人だってことは確かだけど・・」

 この年は、パーム航空の「Pilotの歴史」*1 を参考にさせていただくならば、Pilot の創始者の Hawkins社長がワイシャツのポケットのサイズを測っていた頃かと思われます。
 有川くんは、いつもと変わらない日々を過ごしていました。愛用している、PowerBook に向ってスケジュールを開きます。
「あれ、誠司さんていつまで、出てくるんですか?」
「おれは、もう来週は来ないつもりでいるから、その気でいてよ」
「ええっ、そうなんですか。でも、仕事の引き継ぎをちゃんとしないと」
「だから、云ったろ、分かんないことは訊けって」
 有川くん、どうもそのことを軽く考えていたようで、少し青くなっています。
「来週って家に居ます?」「さあ、ねぇ」
 そんなイジワルなこと云わないでくださいよう、と云います。誠司さん、もう次の月いっぱいで、この会社を辞めることになっています。すでにほとんどの引き継きは終っています。心配があるとすれば、彼のことです。
「まあ、いいさ。分かんないことがあれば、mail してくれれば」なんだかんだで、弟分の彼のことは気になります。
「式はいつでしたっけ?」
「お前なぁ、ちゃんと招待状出したろ。再来月だよ。忘れんなぁ」
 そこで、タタさんが口をはさみます。
「ちなみに、有川くん、送別会は月末にやりますからね。ちょっとは手伝ってください」
 はいはい、とディスプレイに向いながら、有川くん答えます。タタさんそれを見ると肩をすくめて、自分の仕事に戻ります。
「来週から新人さんが来るらしいよ。おれと入れ換わりだね」誠司さんが云います。
「女の子ですか?」有川くんが反射的に訊きます。

 そのグループは他と少し違うと聞いていました。何が違うのかというと、はっきりと答えは返ってこないのですけど。これから上司となる、鶴川さんにも「ちょっと、ウチは他とは違うから、そのつもりでね」と云われれば、一体どんなところになのだろう?となります。エレベータに乗って移動する途中、つい緊張してしまって、(おちつけ) を心の中で繰り返してしまいます。
 三奈月さん、希望に沿った所へ配属されたのかどうかはまだつかめていません。他と違うってどういうことなのか、どうにも分からないまま、
「今日、連中に挨拶に周ろうか」
 と云われ、ちょっとどきどきしたまま、この階に来ました。研修中、会社全体の見学で、その辺りも通ったのでしたが、確かにそこは雰囲気が他と違うように感じました。
 そこに配属されたことに対して、他の同期の子から、「いいなぁ」と云われたのですけど、そのグループでなにがいいのか、分からないままです。鶴川さんに付き沿われて挨拶に周りますが、皆さん気さくな人たちだという印象です。イメージと違って、あまり、固いという感じは受けません。それが、違うという意味でしょうか?
 結局、その答えはもうしばらくしてから、見えることになります。
「ああ、彼は、結婚退職だから」
 男性で結婚退職というのも変なものですが、聞いてみると、同じ部署の人ともうすぐ結婚して、いい機会だからと転職するということです。
「がんばってね」彼からはその言葉をいただけました。そして、移動します。
「そして、そのお相手」
 もぉ、鶴川さんいいですよ、そんなことは、とその彼女は云います。大人、という感じの女性です。
「高原です、よろしく」
「三奈月です。よろしくお願いします」ぺこりと頭を下げます。女性ということもあって、そこで少し、お喋りしてしまいました。とても倖せそうに見えるのは、結婚を控えているからでしょうか。
 最後に、「ウチの要です、彼が」と紹介されたのは、
「田中です、よろしくお願いします」と丁寧な言葉に、
「よろしくお願いします」と云って、顔を上げたときに、思わず (あっ) と声を漏らしてしまいました。彼は、今朝、彼女に傘を差出してくれた人です。
「今朝はありがとうございました」ともう一度、頭を下げます。
 なに、もう知っているの?という鶴川さんの問いに、タタさんは笑顔で頷きました。
 おそらく、その時から、ふたりの歯車がゆっくりと回り始めたのです。

◇ ◇ ◆


*1: パーム航空の、「Pilotの歴史」は是非、読んでいただきたい読みものです。pilotter なら、目を通しておくべきです。

VS.
連載19 (Ver1.0)

◆ ◇ ◇

「それで、釣れたのですか?」
 マキさんが訊きます。それに、タタさんは、「ええ」と応えます。
「私と。誠司さん、高原さんの旦那さんは釣れましたよ。有川君は結局だめでしたけど。でも、彼は全然集中していませんでしたから」
 そう云うと、杯を口に運びました。他のふたりも、つられるように口を付けます。
「彼、朝のうちは、プラグを投げっぱなしで、巻かずに居眠りしているんですから。呆れたのですけど」
「動かさないといけないものなのですか?」
「はい、動きを見せて魚に、アピールするものですから、沈めておいてもなんにもなりません」
 そういうものなのですね、そう云って頷きます。
「三奈月さんは、行ったことがあるのですか?」マキさんが訊きます。
「連れていってもらったことはあるけど、釣れたことは未だに無いです」
「そうですか、難しいものなのですか?バス釣りって」
「いえ、釣れる時はすごいですけど。やっぱり、経験がモノをいう時も多いです」
 今度、ご一緒させてください。とマキさん云います。

 その日、夕方になった頃にマキさんが、タタさんたちの部署まで来ました。彼女はすでに帰り仕度をしてしまっていて、私服でしたので、自然、注目が集まりました。とは云うものの、その時にそこに居たのは数人でした。多くの人たちは、とあるイベントに出掛けていたのです。
「どうしたの?」三奈月さんが、彼女に声をかけました。
「せっかく、金曜ですし、お食事しませんか?」
 三奈月さん、思わず自分を指差します。マキさんはそれに対して、嬉しそうに頷きます。実のところ、マキさんはタタさんたちのグループに配属の希望を出していて、それが受け入れされそうな気配を見て、ここに来たようです。しかし、オフィスの状態を見て、
「皆さん、おでかけですか?」
「タタもいるはずだから、ちょっと待ちましょう。私は OK ですよ」
 そう聞くと、マキさん、にっこりとしました。
「どこに行きましょうか」
 少して、タタさんが戻ってきました。話を聞いて、そういうことならばと、仕事は早目に切り上げることにします。
「では、行きましょうか」と、3人で会社を出ました。そして、落ち着いたのは、三奈月さんのよく知っている居酒屋さんです。(ここ、お酒が美味しいのです)とのこと。それの差すところは、日本酒のようですが、マキさんもとても好きな様子で、メニューの欄を見て。
「わあ、いっぱいありますね」と嬉しそうです。そして、ごそごそとバックを探って、Pilot を取りだしました。タタさんと三奈月さんが不思議そうに眺めている前で、それを操作します。黙ってちょっと Pilot を見てから、「私はこれです」と、メニューを指差しました。
「なにをチェックしたのですか?」タタさんが訊きます。
「日本酒の情報を入れておいたんです」Pilot のディスプレイをこちらへ向けます。そこには、JFile *1 のデータが一覧されていました。
「岡崎さんが入れたの?」本を見ながら、一生懸命入力した、とのことです。
「そういうのは、こちらにも回してくださいよ」タタさんが云います。
「そうですね、せっかく、苦労したんだから・・」
「私は、ワインの JFile データ持ってますよ」
「わあ、欲しいです。それ」「あとで、メールしますよ」三奈月さん応えます。
「そうそう、J-OS III *2 を入れてみましたよ。すごいです!」
「へえ、そうですか、私はまだ入れてみてないです。もう少し落着くまで、待ちます。Hack ではなくなったのですよね」タタさん、スケジュールのデータなど、完全に Pilot に依存してしまっているので、慎重な様です。
「有川さんは、すぐに入れてしまったみたいです。PalmIII ですし」三奈月さんが云います。

 タタさんが、席をしばらく外しました。携帯電話をかけに外に出ていってしまいます。
 三奈月さんは、
(つきあっている人、いるんですか?)
 という、先程のタタさんに対しての、マキさんの問いを思いだします。彼女が訊きたくって、でも、訊けなかったことを変りに云ってくれた感じです。彼が出ていった、入り口の方に目が行きます。
「いえ、いませんよ」彼は簡単に、そう答えました。それを考えて、つい、頬が緩んでしまうのでした。
「好きなんですか?」
「へ」
 唐突な物言いに、妙な返事をしてしまいます。マキさん、日本酒の入っている杯を片手に、少し上目使いに彼女を見ています。
 (なにが?) という、野暮な返事は納得してもらえない様子。また、マキさんは嘘を云わせない、不思議な印象があります。そのストレートな問いかけに、とても、好感を持てました。多分、彼女のことが好きになれそうです。
 軽く頷きます。
「応援して、とは云えないみたいね」
「だめですよぅ、私もがんばるんですから」
 そう云うと、持っていた杯を、三奈月さんの杯へ当てます。小さな音がしました。そして、ふたりしてにっこりと笑みを交しました。
「私はね、」話していて、三奈月さんが魚料理を、箸でつつきながら云います。
「なんて云うか、いつも、なにか自分の役割を一生懸命演じてきてしまった気がするの。周りが期待している人、っていうか、人物像っていうか。」
「そういうところって、確かにありますよ、私も。嫌だったんですか?それが」
「自分のことって、やっぱり分からない」「そうですか?」
「そう思うことができたのって、すごく最近のことなの。これじゃいけないって思うことが多くなって」
「タタさんのことも、ですか?」
 彼女、ちょっと首を傾げて、「その所為が大きいかな」
 そのとき、
「おまたせしました」そう云って、マキさんの隣にタタさんが腰を下ろします。それを見て驚きました。
「どうしたんですか?」マキさんのその顔を見て訊きます。そして、三奈月さんを見ますが、彼女もちょっとびっくりしているみたいです。でも、タタさん、すぐに察したみたいで、
「ああ、雨が降ってきました。ちょっとひどいです。それにこの辺り、電波の状態が悪いらしくて、少し歩いてしまいました」そう云うと、胸ポケットからいつも掛けている眼鏡を出して、テーブルの上に置きます。
 タタさん、突然濡れて、髪をいつもと違い、後ろになでつけてしまっています。しかも、眼鏡も同様に濡れてしまったので外していました。それでずいぶん雰囲気が変ってしまったのでした。
「タタさんって、実は男前だったんですね」マキさんすぐに立ち直って云います。『実は』のところが強調されています。
「ひどいこと云いますねぇ。いつもとそんなに違ってますか?」

 そこから、また、3人でしばらく話していました。いい加減にほろ酔いになったところで、外に出ます。タタさんは傘を持っていなかったようで、三奈月さんの傘に身を縮めて入って歩いていきます。
 途中で、マキさんは別の方向へと別れます。「おつかれさまでした」と云って目指す駅の方向へ歩きはじめます。ふと、駅の入り口へ入る手前で振り向きます。ずいぶん遠くに、ふたりの傘が見えました。傘の高さを見ると、タタさんが持っているのでしょう。
「負けいくさ・・かな・・」
 それを見て、マキさん、つい、呟きます。

◇ ◇ ◆


*1: Version3.0 になって、ますます機能Up した。データベースソフトです。Pilot の標準DBフォーマットです。Land-J Technologies 作成。[↑]
*2: 云わずと知れた、山田 達司さんの J-OS III は、ベータ版がリリースされたばかりです。配布元はIKESHOP[↑]

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