人間失格?!
連載6 (Ver1.0)
◆ ◇ ◇
「春ですねぇ」
タタさんが窓の外を見て云いました。確かに今日は春の日和と云ってもよい晴天です。
「でも、夜はまだ寒いですよ。コートはまだ必要です」三奈月さんが箸をとめて云います。
「桜もまだみたいですしね」と有川くん。トンカツを刻みながら答えます。
「そうか、そろそろ花見のシーズンだね。今年も幹事はタタさん?」
「まあ、いつもの通りですから私がやりましょうか」タタさん、高原さんに云います。
昼食時のいつもの風景です。大抵、みんなで社食に来ます。あまり代わり映えしないメニューなのですが、たまに旬のものが出るときもあります。
「この菜の花のおひたしは、菜の花の味がしませんね。冷凍物みたいにそっけないです」タタさんにしては、辛口な意見です。
話題が Pilot に移りました。
高原さん「PalmIII へのアップグレード *1 って、いつになるの?」
タタさん「5月という発表じゃなかったですか」
有川くん「結局、6月になったらしいですよ」
高原さん「ふうん、じゃあ、それまでお預けなのね」
有川くん「タタさん、それまで待って、一気に5000からのステップアップを狙いますか?」
タタさん「どうしましょうか。いま、PalmPilot へのアップグレードというのも、勿体ない気がしますよね」
三奈月さん「いまなら、安く買えるんじゃないんですか?」
有川くん「どうかなぁ、本体はずいぶん安くなったんだけどね」
高原さん「まあ、そのせいで、ウチのが買っちゃったんだけどさ」
タタさん「cradle ってそのまま使えるんですか」
有川くん「らしいですね。でも、今の Pilot を新しい cradle には置けないみたいですけど。あのボタンが下に付いたのは正解ですよね。たまに cradle 自体が向こうの方に動いちゃうもん」
タタさん「それは、机の上にホコリがたまっているんじゃないです?」
有川くん「・・」
三奈月さん「有川さんは買わないのですか?」
有川くん「え、PalmIII 本体を?」
三奈月さん「はい」
高原さん「買うんでしょ?」
有川くん「買いませんよう。そんな無駄遣い。これから買うにしたって、いま値下がりしているものを買って、アップグレードを待つのが正しいんです。PalmPilot ユーザで、PalmIII まで買っちゃう人ってどういうヒトなんでしょうね」
見積もりが甘かったということはなかったのですが、有川くんのプロジェクトは少し忙しくなりました。この週はずっと終電までがんばっています。もともと、夜型の生活をしている彼ですから、20時を回った辺りから、がぜん能率が上がるのも確かです。
「じゃあ、お先に、」タタさんが帰ってしまって、オフィスには彼独りとなりました。帰りがけにタタさんが置いていってくれた、カップのコーヒーを啜りながら一息つきます。懸命にやった甲斐あって、なんとかゴールが見えてきました。今日はこれくらいで終わりましょうか。
禁煙時間はとっくに過ぎていたので、そこで一服点けました。
昼食時の会話を思い出して、Palm Computing のページを Web ブラウザで開きました。
「やっぱり、いいなぁ」ひとりごとを云います。
いつも見ている Pilot の新着情報のページや、「PILOTの好きな人専用掲示板」 *2、Pilot ML *3 などから、PalmIII の情報を拾い読みします。ここの会社で買うのがいま一番安い、というURL を見つけだしました。早速、飛んでみます。
先行予約受付をしているサイトは幾つかあります。その中でも、特に安いと云われている販売サイトです。値段を見てみると、なるほど、送料込みでも $400 に達しません。
有川くん、その PalmIII ページの英語をニュアンスで読み取ります。4月の中頃には、手元に届くようです。
なんとなく、オーダーのボタンを押してみます。最初のページが開きました3ステップ でオーダーが完了するらしいです。名前、住所など、パーソナルなデータ入力のフォームがあります。
「ぽん、ぽんっと」
変な合いの手を入れながら、有川くん自分の名前を入力し始めます。
「って、入れてみたりして」
そして、次の ステップ へのボタンを押します。そこでは、支払いの入力をするようです。すると、有川くん cradle に座っている Pilot を手に取りました。Secrets *4 から、暗号化されている自分のクレジット番号を Decrypt して開きます。
・・どうも、怪しい行動になってきていますが。
フォームにクレジット番号を入力していきます。灰皿の中の、火を点けた煙草は、勝手に灰になって消えてしまいました。
「よし、」
ステップ3 です。ここで最後の確認がされるものだと、彼は思っていました。進んでみると、画像が落ちてます。おかしいと思って、ブラウザの「Reload」を指定しました。「フォームをもう一度送信しますか?」の問いに OK ボタンを押します。
すると、
(このデータは既に送信されていますので、再度送ることは出来ません。オーダーは完了しています。)
という旨を伝えるページが開きました。
「ははは、やってしまった・・」
と云う有川くんですが、困ったという感じではありません。どちらかというと嬉しそう。
「まあ、事故なんだし、しょうがないよね」
断りのメールを送ればいいという気がしますが、そんな様子はありません。
時計を見るともう終電の時間になっています。帰り支度をしてマシンを落としました。灰皿とカップを片付け、Pilot をスーツの内ポケットへしまいます。
そこで、ふと、自分をかえりみて、
「おれって、だめな人間かも・・」
ぼそっと、つぶやくのでした。
◇ ◇ ◆
-- 註
*1: Pilot 1000/5000、PalmPilot を、PalmIII にするためのパッケージです。
*2: 菊池さんの Pilot を使う人のための掲示板です。
*3: 日本の Pilot メーリングリスト。Web での参照もできます。
*4: 大切なデータを暗号化して保存します。Encrypt、Decrypt をパスワード入力で行います。
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